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酒蔵を設計する

共に創るということ。

ー  ​菊水酒造との25年、想いと空間の軌跡  ー

新潟県新発田市の菊水酒造。梶浦暁建築設計事務所では、明治創業の酒蔵と、四半世紀にわたり場をつくり続けてきました。クライアントの未来を、空間として立ち上げる仕事。共に創るとはどのような行為だったのか——梶浦暁に25年の軌跡を聞きました。

​(聞き手:マエシロマサコ)

菊水酒造本社鳥瞰図

菊水酒造本社鳥瞰図

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

KIKUSUI蔵GARDEN

本社事務所

本社事務所

本社事務所

本社事務所

菊水スペース 踊り

菊水スペース 踊り

製品棟

製品棟

二王子蔵

二王子蔵

菊水貯蔵棟

菊水貯蔵棟

菊水日本酒文化研究所

菊水日本酒文化研究所

日本酒文化研究所

日本酒文化研究所

菊水酒造とのあゆみ

2002年

菊水ワークショップ(OAAにて梶浦暁が担当)

2004年

2013年

2013年

2015年

2016年

2017年

2024年

2025年

2025年

プロローグ

新潟県新発田市。国道7号線の松並木の向こうに、雁木をめぐらせた木造の建物群が見えてきます。

2025年4月に開業した「KIKUSUI蔵GARDEN」。明治期に建てられた本家・旧醤油蔵の古材を活用し新材と共に再構築したショップ&ラボ、廻遊式庭園に面したカフェ、そして木造の本社事務所と土蔵が、中庭を囲み佇んでいます。

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平日の午前中から、駐車場には車が並び、着物姿のお客さんたちがカフェのテーブルでお茶を楽しんでいる。隣の席では小さな子どもを連れた家族がベーグルを頬張っている。中庭では、私服の社員が来訪客と立ち話をしている。リピーターも多い。これが、菊水酒造の現在の風景です。

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この場所ができるまで、25年。

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「25年前のワークショップで森の蔵というコンセプトが創出されたんです」と梶浦は語ります。「以降、中越地震を経るなど、会社にはその時々の課題があって、それに応えることを積み重ねてきたわけです」

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25年の歳月は何を積み上げて行ったのか。その間にどんな想いがあったのか。

——そして、建築家として「共に創る」とは何だったのか。

 

菊水酒造との四半世紀を、梶浦暁に振り返ってもらいました。

第1章|起点 — 文化を、守る

菊水日本酒文化研究所(2000年代初頭)

最初の仕事は、「日本酒文化研究所(落合設計アソシエイツ勤務時代の担当:2002-2004年)」に遡ります。

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「最初は、どちらかというと『守る』ということだったんですよ。日本酒の文化を守る。マニュアルハンドリングの酒造りや日本酒にまつわる酒器、資料などを守る。それを次の世代に伝えていく。そのための場所をつくりました。」

菊水日本酒文化研究所 正面

「守る」ために、まず「人」に注目しました。

会社とは何のためにあるのか。誰が何を守るのか。個人の誇りや意味をどうやって共に感じてもらえるのか。そのために初めに行ったのが、パートさんを含めた社員全員が参加するワークショップでした。

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「ワークショップを提案したときはかなり反対されました。『アンケートじゃダメなのか』『長時間の生産ラインの停止は経営に響く。その対価を払う意味があるのか』『お遊びの時間になるだけではないか』と。」

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梶浦は、ひたすら「全員参加」であり、「社員が共に考えるための時間の確保」が必要で、さらには「部署の垣根を超えて、普段持っている肩書を超えた交流」を行うことにこだわりました。

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​「この3つはどうしても動かせない条件でした。ワークショップを行うことで、社員が会社のビジョンを自分の人生と重ね合わせる体験をすることができ、それがひいては『自分の仕事に対する誇り』を産むと信じて粘り強く交渉しました。結果、菊水酒造さんのご理解をいただき、土曜日の午後に半日のワークショップを開催することができました」​​

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​このワークショップの経験は、のちの菊水酒造の敷地全体の設計とそれに対する姿勢や想いを共有するための大きな共通体験となっていきます。

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そうして完成したのが、菊水日本酒文化研究所でした。

 

松林に囲まれた敷地に、ひっそりと佇むような研究所。

研究しているのは、日本酒の文化であり、守り伝えているのは大量生産では伝えられない【酒造りの伝統技術】です。

完全予約制の静謐な場所。

 

「当時の日本酒文化研究所の役割は、まだ外に向かって大きく開く感じではありませんでした。まず社員を含めた内側に、『守るべきもの』を意識してもらい、確かなかたちで受け渡していく。そのような使命感のあるプロジェクトでした。」

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「だから、たくさんの方々にお越しいただくための建築ではなかった。でも、ここがすごく大事だったと思うんですよ。最初に『守る』ということを真剣にやったから、25年後に『開く』ということができたんだと、今は思うんです」

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最初のプロジェクトを通して、対話の作法を身につけていったように感じます。クライアントと話す。職人と話す。社員と話す。関わる人たちと話す。土地と話す。

それらは決して派手なデザインの業務ではありませんが、独立後も私たちの事務所の根幹となるスタンスを形づくっていきました。

第2章|持続する蔵 — 生産施設の刷新

二王子蔵 / 貯蔵棟 / 製品棟 / あま酒棟

2011年、菊水酒造は大きな転機を迎えます。中越地震(2004年)、そして東日本大震災(2011年)。日本酒業界全体が、生産インフラのあり方を問い直すことになった大きな転換期となりました。そして、菊水酒造もまた、明確な経営判断をされます。

 

「持続する蔵」というテーマを掲げ、生産施設を順次更新し、敷地全体を整理していく長期計画を立ち上げた時期でした。

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ここから先の仕事は、未来へのロマンだけの話ではもちろんありませんでした。

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「耐災害性をどう確保するか。衛生レベルをどう上げるか。生産効率と作業安全性をどう両立させるか。コストをどう抑えるか。経営判断としての建築の話であり、とても重要なことです。ですが、その中でどう、『建築が人々の営みや誇り、快適性に対して良いデザインをしていくか』そこに対するチャレンジでもありました。」

二王子蔵

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二王子蔵では、農耕の神様として崇められる二王子岳と、清流・加治川、酒米の水田が窓越しに広がります。

仕込みを行う蔵人たちは、毎日その風景の中で働いています。

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「酒造りは自然と共にある仕事なんです。窓を開けたら山と田んぼが見える。それは美意識の話というより、蔵人たちが日々、自然の恵みを醸すという意味を体感できるかどうかという、もっと実務的な話でした」

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貯蔵棟

貯蔵棟では、一万五千石のタンク群が並びます。SUSタンクと琺瑯タンクをゾーン分けし、空気調和設備の条件で分け、レイアウト検討を重ねました。

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「タンクの並び方ひとつで、作業導線が変わる。コストが変わる。安全性が変わる。だから菊水酒造の担当者と、私たちで、レイアウトを何パターンも検討するんです」

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製品棟

製品棟も同様に、機能性と衛生レベルを満たしながら、背後の二王子岳の稜線と調和するファサードです。

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「この時期に取り組んだのは、菊水酒造の経営判断を空間に翻訳していく仕事だったんです。会社が『こう続いていきたい』と決めた未来を、建築の素材、コンクリートや鉄や木材で実装していく。一見するとデザインという華やかな観点から比べれば地味かもしれません。しかし、ここを丁寧にやらないと、菊水さんが描くその先の未来には行けなかった。」

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経営判断と建築は、別々の話ではありません。経営者が想い描く未来、そのための想いと現実的な経営判断は、建築として空間に実装されて現実になっていきます。逆に、それがないと、どの未来を指し示して空間と場を作ればいいのか。菊水酒造と共にあゆんできた中で、その理解が深まることが建築の質を大きく上げていきました。

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第3章|菊水スペース 踊り — 想いが、空間でつながる

「菊水スペース 踊り」と名付けられた福利厚生施設は、菊水酒造の25年の中でも、特別な意味を持つプロジェクトです。

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経営判断としてはとても明快でした。各部署に散らばっていた休憩室を一箇所に統合する。

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「経営側の想いとして、部署を超えて社員が交流できる場をつくりたい、ということがあったんです。それは結果として合理的な生産活動につながる行為だったかもしれませんが、社長さんの思いとしては、『働く人たちを大切にする会社でありたい』ということだと感じました。これは合理性の話とは別の次元の話です。会社が社員とどういう関係を結びたいか、そして、共にどんな未来を創造していきたいのか。この建築はそれを伝えるためのメッセージだと感じました。」

​

場所として選ばれたのは、敷地中央にあった旧倉庫でした。各部署からアクセスしやすい位置にあり、倉庫特有の大空間がある。これを活用し、耐震補強と断熱補強を施しながら、全社員が集い、憩い、催す場所へとコンバージョンしていきました。

また、そのために、「ビジョンシェアリングワークショップ」と題して、全社員を対象とした、ランチタイム限定のコンパクトなワークショップも開催しています。

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​「ワークショップを行うことで、建築ができる前から、会社側からのメッセージを社員に感じてほしいと思っていました。そして、『共に作っていくんだ』ということを体感してもらった上で、建築ができていく過程も共に創造していきたいと思いました。」

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菊水スペース 踊り

完成後、変化はすぐに現れていると感じた、と梶浦はいいます。

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「空間があることで、集まる理由ができる。自然と人が集まり、自然と気配や会話が生まれ、部署を横断した交流が生まれています。また、福利厚生施設という位置付けではありますが、ここで話した方が話がスムーズという理由から打ち合わせに使われたり、イベントスペースとしても機能しています。今も、様々な使い方がどんどんされています。」

​

経営者が「もっと自然な交流を」と100回会議で言うよりも、あの大空間に身を置いた方が早い。

空間が人と人との関係性に与えるメッセージが、時間と共に醸成されていくそんな建築になりました。

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「二王子蔵」から「菊水スペース 踊り」の4棟は工場の建替えでしたが、『第30回 北陸建築文化賞』を受賞できたことは、地域の魅力を牽引する蔵元にとって大変有意義なことでした。しかし、より本質的な評価は、社員一人ひとりの日常の中にあるように感じます。

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「経営判断と想いが、空間として立ち上がる。立ち上がった空間が、想いをさらに育てる。これが、25年やってきて一番見えてきたことかもしれません。」

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第4章|KIKUSUI蔵GARDEN — 共に創るということ

本社事務所 / KIKUSUI蔵GARDEN 本館 / 土蔵

そして2025年、KIKUSUI蔵GARDENが完成する。

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「25年やってきて、ここに来た、という感じはあります。一つひとつのプロジェクトが積み重なって、ようやく菊水酒造が目指すサービスを社会に対して問いかけていく場を創ることができたと感じました。」

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事業継続を背景にした「持続する蔵」の構想。社員のウェルビーイング。顧客・地域・全国・世界に向けた発信。

そして、創業本家の醤油醸造元が廃業した後に残された「明治期の貴重な醸造空間」をどう未来に伝えるか——いくつもの想いと判断が、一つの場として収斂していきました。

​

「コトづくりとストーリーが共感を呼ぶ時代だ、というのは菊水酒造さんの明確な認識でした。日本酒を造って売るだけじゃなくて、地域と連携して北越後の恵みを醸す『発酵エンターテイメント』を生み出していく。髙澤社長が描いてきた構想です」

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その構想に対し、建築家としてどう応答するか。長い年月をかけて議論を重ねてきました。手書きスケッチ、図面、模型での提案を重ねていく中で、「よし、この景色をつくっていこう」と大方針が決まった瞬間がありました。

​その後すぐに、菊水酒造のスタッフからヘッドクォーター、オフィスチーム、ガーデンチームが各々10名程度のメンバーによって立ち上がり、各棟についての打ち合わせを重ね、共にイメージを創り上げていきました。

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旧醤油蔵の実測と劣化調査。名古屋大学(山﨑真理子研究室)に連携協力いただいた古材の強度測定。古材と新材のハイブリッド構造。地場産の安田瓦と積雪荷重を考慮した架構設計。雁木を新潟発祥の意匠として活用し、店舗棟と事務所棟をつなぐ中庭を生み出す。廻遊式庭園は、これまで個人所有だったものを法人所有として公開し、カフェを接面させる案。

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「個別の話をすると技術論に寄ってしまうのですが、本質は、菊水さんが描いてきた未来を、お客様が体験できる場として翻訳しきれるかどうか、ということでした。」

​

完成後、実際に起きていることが、その答えといえます。その変化は、訪れる人のみならず、働く人たちの間でもあらわれてきました。

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「夏はアロハ着てる人もいる。最初はね、『酒蔵でアロハ?』って驚きましたけど、社員の人たちが言うには、ここで寛いでいるお客様がいる横を、制服でビシッと歩いていくと、緊張感を与えてしまう、って。だから自然にリラックスした服装になっていったんです」

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25年積み重ねてきたからこそ、ここに辿り着けた。梶浦はこう言います。

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「最初に『守る』ということをやって、次に『持続させる』ことをやって、『社員の和を高める』ことをやって、それでようやく『地域と社会に開く』ことができた。順番を変えたり飛ばしていたら、こうはなっていなかったと思うのです。そして、その想いを建築空間として実現できたのも、施主チーム、設計チーム、施工チームにより重ねられた対話の結果だと感じています。」

——25年関わったから、できたことって何でしょう。

「沢山ありますが、一番大きいのは、安心感の中の緊張感、でしょうか。」

​

安心感の中の、緊張感。

​

「お互いのことをよく知っているから、突拍子もない提案もできるし、逆に『それは違うんじゃないか』って互いに言うこともできる。毎回、真剣にぶつかる。」

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そして、と梶浦は続けます。

​

「私たちの設計事務所は、自分の作品をつくるために仕事をしているわけではありません。クライアントが、自分たちの未来を立ち上げていくのを、場のプロとして並走している。そこを取り違えると、お互いに良い関係で長く続くものを創ることは難しいと感じます。」

​

経営者には、経営者にしか見えていない未来がある。中長期計画。組織のあり方。顧客との関係。地域との関係。家族との関係。これらは、経営者が日々考え抜いていることです。

建築家には、その未来を「場」として立ち上げる役割がある。経営判断を空間に実装し、想いを体験できるかたちに翻訳する。場のプロとして、誠実に応答する。

​

長く、真剣に、対話を重ねていく。 すると、想いは空間として体験され、空間は想いを増幅し、ときに次の経営判断さえ呼び込んでいく。

​

「共に創るというのは、こういうことなんだと思うんです。クライアントの言いなりになることでも、建築家の作品を押し付けることでもない。お互いがプロとして、真剣に向き合い続けること。そして、その時間を惜しまないこと。」

​

25年。 その時間が、KIKUSUI蔵GARDENの風景として、確かな場を生み出しています。

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エピローグ

「ものづくりを生業としている方には、必ず想いがあり、そして片方で経営判断があります。組織のあり方も、お客様との関係も、家族を含めた社員の未来も、日々それらを考えていることと思います。​​

​

言葉にすることで伝わっていき、場として立ち上がったとき、言葉よりも身体で人はそれを体験していきます。 そして、体験されたものは、自然に育っていく。

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私たちは、その「場としての立ち上げ」を、共に創る伴走者でありたいと思っています。

​

私たちは生産施設であるものづくりを支える空間にこだわって、ものづくりを行う人たちと社会との間に立って日本を面白くしていきたいと考えています。

​

——みなさまのモノづくり・コトづくりの場が、その想いのあらわれの場となるように。」

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KIKUSUI 蔵 GARDEN

​新潟県新発田市島潟750

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